東京地方裁判所 昭和38年(行)92号 判決 1968年4月25日
原告 旭鉱末資料合資会社
被告 東京通商産業局長
参加人 常陸大理石株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が、原告の昭和二六年二月一四日被告宛申請にかかる、「鉱業権「採掘権」設定の出願」の別紙第一目録記載の区域につき、許否の処分をしないのは、違法であることを確認する。」との判決を求め、被告指定代理人及び参加人訴訟代理人は、いずれも主文と同旨の判決を求めた。
原告訴訟代理人は、請求の原因として、
「一、原告は、鉱石類の採掘販売等を主たる目的とする会社であるが、昭和二六年二月一四日、被告に対して、石灰石を目的として、別紙第一目録記載の区域(以下本件区域と表示する)を含む別紙第二目録の区域を出願区域とする鉱業権(採掘権)設定の出願をなし、第一順位の出願権者となつた。
二、参加人は、同年三月、被告に対して、本件区域を含む区域を出願区域として、原告と同様、石灰石を目的とする鉱業権採掘権)設定の出願(東鉱二六年サ第一三八号)をした。そして、参加人は、「参加人は、「参加人の前記出願は、本件区域に関しては、参加人が本件区域一帯において、新鉱業法(昭和二五年法律二八九号)施行日(昭和二六年一月三一日)の六ケ月以前から石灰石を採掘しているので、同法施行法第五条に基づき、原告の出願に対して優先する。」と主張した。
三、被告は、鉱業権設定の許否のため、昭和二六年五月二八、九日頃、通商産業局所属の訴外篠益雄技官らをして、現地の調査をなさしめたところ、篠技官らは、現地において、参加人側の説明を聴取したうえ、原告に対し、参加人の提出した図面、即ち本件区域内に参加人の旧採掘場所等を図示した図面をよりどころとして、右区域については、参加人に優先権ありと認定したうえ、鉱区を決定するには、多大の手数と困難とを伴うから、両者間において然るべく協議のうえ、原告においては減区の手続をなすべき旨を勧告した。
四、そこで、原告は、前記出願は第一順位であるのに、右篠技官の言を信じ、同技官の勧告に基づき、やむを得ず、昭和二六年七月二三日頃、参加人代理人梶山直治と交渉の末、
1、原告は、本件区域につき減区手続をすること。
2、原告が右減区手続をなすと同時に、参加人は、その第一順位の出願区域全部と、原告の右減区した部分とを併せて、両者の共同鉱区とし、参加人を代表出願人とする手続をなすこと。
3、両者の共存共栄をはかる為、参加人は、石灰石の角材(一尺立方以上のもの)の採掘販売をなし、原告は、砕石(一尺立方以下のもの)の採掘販売をなすこと。
の協議が成立した。そこで原告は、参加人代表者に対して、契約書に捺印方を求めたところ、同人は、本日印鑑を持参しなかつた関係上、帰宅のうえ、必ず捺印した書類を送付すると共に、共同鉱区出願手続をなす旨言明したので、原告は、昭和二六年七月二五日、被告に対して本件区域につき減区の出願をした。
五、しかるに、参加人は、原告が右の減区出願をなすや、態度を一変して、前記契約を破棄し、これが履行をしない。しかも、その後の調査の結果、参加人は、本件区域内においては、新鉱業法施行日の六ケ月以前から引き続き石灰石を採掘していたものではなく、従つて、同法施行法第五条に基づく優先権を有していないことが判明した。
六、そこで、原告は、なんら減区すべきいわれはないので、昭和三〇年三月末日、前記減区願を撤回した。よつて、原告の当初の出願は、出願の日に遡つて減区しない状態に復したものである。
かりに、右減区願の撤回がなんらかの理由により効力がないとしても、原告の右減区願は、前述のごとく、参加人の、優先権ありとの虚構の主張を信じた被告側の担当官の勧告に基づくものであるところ、もしかかる優先権がなかつたとすれば、原告としては、減区願をなさなかつたであろうから、右減区願は要素の錯誤に基づいた無効なものであつて、原告の当初の出願の効力は、維持されているものである。
かりに、右主張が理由がないとしても、原告の減区願は、参加人の詐欺に基づくものであるから、右減区願は、取消しうるものであり、既に原告は取消しの意思表示をなしたものである。即ち、参加人は、現地立会に際し、原告に対して、「本件地区については、参加人に鉱業法施行法第五条に定める優先権がある。」と説明したが、右説明は、自己の採掘権の設定願が、原告の出願に対し、劣位にあるにも拘らず、原告に優位して、自己の出願の許可を得ようとした行為であり、故意にした欺罔行為である。かようにして、原告の減区額は、参加人の欺罔行為によつて、その意思決定の動機の錯誤を生じ、その錯誤に基づく減区願がなされた以上、その意思表示は、取消しうるものである。
七、そうだとすれば、本件区域に対する、原告の昭和二六年二月一四日付「鉱業権(採掘権)設定の出願」に対し、被告は、相当の期間内に許否の処分をなすべきであるのに拘らず、いまだになんらの処分をもしないので、被告の右の不作為は、違法であるから、これが確認を求めるものである。」
と述べた。
被告指定代理人は、右請求原因事実に対し、
「一、請求原因第一項の事実につき、原告が鉱石類の採掘販売等を主たる目的とする会社であつて、昭和二六年二月一四日、被告に対し、石灰石を目的として、本件区域を含む第二目録記載の区域を出願区域とする採掘権設定の出願をしたことは認めるが、第一順位の出願権者であつたか否かについては、本件区域に関し、その後同年三月一六日付で、石灰石、ドロマイドの採掘権設定の出願をした参加人が、鉱業法施行法第六条によつて優先権を有していたもののようである。
二、第二項の事実につき、参加人が、原告主張の頃、その主張のごとき鉱業権(採掘権)の設定の出願をしたことは認める。但し、石灰石のみを目的とする鉱業権ではなく、石灰石及びドロマイトを目的とする鉱業権である。その余の事実は不知。
三、第三項の事実につき通商産業局所属の篠技官らが、昭和二六年五月二九、三〇日の両日に(二八、九日)ではない現地調査をした事実は認めるが、その余の事実は争う。
現地調査は、原告(二六東鉱採第一一二号)及び参加人(二六東鉱採一三八号)からの出願について行なわれたものであり、また、本件区域だけをその対象としたものではない。そして、この調査には、参加人関係者はもとより、原告側の関係者も立会つていたものであつて、参加人側の説明のみを、一方的に聴取したものではない。また、篠技官らが本件区域について、参加人に優先権ありと認定したうえで、原告に対し、減区の手続をなすべき旨の勧告をしたことはない。
四、第四項の事実につき、原告が、昭和二六年七月二五日、被告に対して本件区域につき減区の出願をしたことは認めるが、篠技官らが、右区域について、参加人に優先権ありと認定する旨言明し、原告に対して減区の手続を勧告したとの事実は否認する。その余の事実は不知。
五、第五項の事実につき、参加人が原告の減区出願後、態度を一変し、契約の履行をしないとの事実は不知。その余の事実は認める。
六、第六項及び第七項の事実につき、原告が、昭和三〇年三月末日、前記減区出願の撤回をしたとの事実は否認する。その余の主張は争う。
かりに原告が被告に対し、その主張の日時に右の撤回の意思表示をしたとしても、減区の出願は、実質上、当初の出願の一部撤回に他ならないことにかんがみると、それを更に撤回することになるので、かかる減区出願の撤回が許されるか否かについては、甚だ疑義があるのみならず、本件の場合、右の撤回は、被告が昭和二九年一月一二日付で原告の、別紙第二目録記載の区域についての採掘権設定の出願(当初の出願)に対し設定の許可をした(ただし、そのうち本件区域について減区出願がなされていたのでこれを認め、その部分を除いた残部の区域について設定の許可をした)後のこととなるから、右許可がなされたことによつて、原告が当初出願した別紙第二目録記載の区域のうち本件区域についての原告の減区願に対する許可があつたものと解すべきであり、従つて、この許可によつて、もはや原告の当初の出願は、本件区域の部分について消滅したものというべく、かくして、この部分についての原告の減区出願の撤回は、その対象を欠き不可能となつたものであつて、撤回の意思表示は効力を生じえない。
また、原告は、本件減区出願は、参加人の虚構の主張を信じた被告の担当官の勧告に基づくものであつて、要素の錯誤に基づき無効であると主張するが、そのような勧告をした事実のないことは、すでに述べたとおりである。
以上のように、本件区域に対する原告の昭和二六年二月一四日付採掘権設定の出願に対しては、既に被告の処分がなされているのであつて、これに対して更に許否の処分をなすべき義務はなく原告の請求は失当である。」
と述べ、
参加人訴訟代理人は、
「原告は、昭和二六年二月一四日付で、原告に対し、採掘権の出願をしたが、その後本件区域につき減区願をしたため、この部分は除かれ、その余の部分について、昭和二九年一月一四日、鉱業法上の採鉱権が認められた。よつて、原告の昭和二六年二月一四日付の当初の出願は、すべての処分が完結したと解すべきであつて、その後において、右減区願が撤回されたからといつて、遡つて、当初の出願が、これによつて復活するものとなすのは、行政処分の安定性を害し、且つ、法以前の常識にも反するものである。」
と述べた。
原告訴訟代理人は、右被告らの主張に対し、さらに、
「一、出願地の減区については、明治四四年五月一二日、鉱甲第五八二号なる通牒があり、これによれば、「出願地の減区出願の取消を認めるときは、他人の権利を害する場合を生ずるを以て許可すべきに非ず。」とされているが、右通牒は、行政法理を理解せざる便宜的な、しかも国家権力の強大であつた明治時代の、一方的、独断的解釈であり、今日許されるべきものではない。
二、鉱区出願の減区願及びこれが撤回等の私人の行為は、いわゆる私人の公法行為であつて、これらの行為が、どのような法及び法原則の適用を受けるかについては、一般的な規定が存しないので、特別な規定のある場合の外、その行為の性質にかんがみて解釈すべきであり、また、民法の意思表示に関する規定も適用さるべきである。
そうだとすれば、本件減区願の撤回についても、一片の通牒により拒否することは不当も甚だしい。いわんや、前記通牒は、減区願の取消し撤回を許さない理由を、第三者に損害を及ぼす場合があるからとするにある。しかし、減区願い取消し撤回が必ずしも第三者に損害を与えるとは限らず、ましてや、本件の場合の如く、通商産業局所属の担当官を欺罔し、原告を欺罔して、減区願を出さしめた次順位の参加人には、何ら損害を与えることはありえない。かかる状況の下においては、一片の通牒を墨守して、原告の減区願の撤回を許さないとすることは、合理的根拠がない。
三、被告は、右減区願の撤回は、この部分を除いた採掘権設定出願につき、設定の許可がなされた後のことであるから無効であると主張する。
しかし、被告の主張する採掘権の設定の許可は、減区願の部分については、これを除いているので、右減区願の部分については、行政行為は全く存在しないというべきであるから、原告のした減区願の撤回は有効である。」
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、原告が、鉱石類の採掘販売等を主たる目的とする会社であり、昭和二六年二月一四日、被告に対して、石灰石を目的として、本件区域を含む別紙第二目録記載の区域を出願区域とする鉱業権(採掘権)設定の出願をしたこと、参加人が、同年三月、被告に対し、本件区域を含む区域を出願区域として、鉱業権(採掘権)設定の出願(二六東鉱採一三八号)をしたこと、昭和二六年五月末頃、通商産業局所属の篠技官らが、現地調査をしたこと、原告が昭和二六年七月二五日、被告に対して、本件区域につき、当初なした出願を減区する出願をしたことは、いずれも原、被告間に争いがなく、参加人もまた、弁論の全趣旨に照らして、明らかに争わないところである。
二、原告は、まず、昭和三〇年三月末日前記減区の出願の撤回をしたから、本件区域に対する当初の出願が、存続していると主張するので、この点について判断する。
一般に、鉱業出願において、出願者の意思が尊重されていることは、後に述べるとおりであるが、本件減区の出願のように、個人の経済的利益の処分を目的とする行為は、これに基づいてなんらかの行政処分がなされるまでは、第三者の権利を害しない限度において、自由に、その撤回が許されるものと解するのが相当である。ところで、成立に争いのない甲第一七、第一八号証によれば、原告が昭和二六年二月一四日にした前記鉱業権(採掘権)設定の出願(東鉱二六年第一一二号)は、本件区域を除いた部分につき、昭和二九年一月一二日頃、既にその許可がなされたものであることを認めることができる。そして、それ以前に減区出願を不適法とする却下処分や、減区出願にかかる部分についての不許可処分等がなされなかつたことは、弁論の全趣旨から明らかである。してみると、右許可行為が、減区の対象である本件区域を除いた部分についてなされたことは、減区を不許可とすべき事由の認められない本件においては、この時において、原告の前記減区の出願が適法として是認せられたうえで、もとの出願と一体的に処理せられたものと解するのが相当である。換言すれば、本件減区願に対しては、これを許容する行政処分(許可処分)がなされたものと見るべきであるから、これよりも後である昭和三〇年三月末日には、もはや、原告は、本件減区願の撤回を、なしえなくなつたものというべきであつて、原告の主張は、理由がないこと明らかである。
三、原告は、次に、本件減区願は、要素の錯誤に基づくものであるから無効である。そうでないとしても、詐欺に因るものであるから取消すと主張するので、この点について判断する。
鉱業出願は、いわゆる私人のなす公法行為であつて、これに民法上の要素の錯誤又は詐欺等に関する規定が類推適用されるかどうかは、当該出願の認められた趣旨、目的等を考慮してきめるほかない。
元来、鉱業権は、出願人の自発的意思による出願に対し、通産局長の許可処分によつて設定される私権であり、先願主義とあいまつて、適法な出願をした出願人の地位は、一種の権利たる性質を有するものであつて、いずれも、譲渡その他の処分の対象となるものであること、鉱業出願について、法はその内容、形式添付書類等厳格な要件を定めているけれども、出願に表示上のかしがあつても、必ずしも不受理とすることなく、出願者のため、修正、補完の余地を残していること(鉱業法第一八二条)、鉱業出願後においても、出願人の自発的意思による内容変更の制度を設けていること(同法第三六条乃至第三九条)などの点からみると、法は、一般に、私人の自発的意思を尊重し、行政庁に対する出願の関係においても、私人の意思に重きを置いているものということができる。その意味においては、もとの出願の一部撤回又は取下げを実質的内容とする減区出願行為については、要素の錯誤や詐欺に関する民法の規定の類推適用が、比較的容易に認められるものといいうるであろう。しかし、他方、鉱業出願については、先願主義の原則がとられている関係上、常に他の出願人の出願が予想されるのであつて、本件減区出願のように、その無効、取消によつて第三者の権利、利益に直接影響を及ぼす行為については、たとえば、当該行政庁の誤まつた指導その他不正の行為により、あるいは当該第三者の詐欺その他不正の行為によつて、かしある出願行為がなされたとかのごとき特段の事由が存する場合のほかは、当該減区出願の効力を否定し、第三者の取得した権利、利益を不当に侵害することは許されないものというべきである。結局、かしある減区出願の効力いかんは、具体的事案において、出願人の意思の尊重と他の権利者の保護との両者の権衡を考量して、個別的に決定するほかないものと考える。
そこで、本件についてこれをみるのに、成立に争いのない甲第六号証の一乃至三、第二七号証の一、二(但し、同号証の二は、証人遠山進の昭和四一年二月五日に行なわれた尋問の際の証言調書中には甲第二七号証の三と表示されている)、第六二号証の一、二、乙第一号証の一乃至三、証人北原正幸(第一、二回)、遠山進、篠益雄、梶山直治、堀部修康、荒川三郎の各証言及び原告代表者本人尋問の結果(但し、証人梶山直治、荒川三郎、北原正幸(第一、二回)の各証言及び原告代表者本人尋問の結果中、いずれも後記措信しない部分を除く)を総合すれば、次のような事実が認められる。
通商産業局の係官である篠益雄及び遠山進は、茨城県下の原告の出願を含む合計七件の鉱業権の出願につき、昭和二六年五月二八日から同年六月三日までの間、現地調査を行なつた。そのうち、同年五月二九日には、原告出願地区の調査として茨城県多賀郡多賀地区を調査し、同月三〇日には、参加人他一名の出願につき調査をしたが、参加人出願地区の調査としては、本件区域を含む茨城県久慈郡矢村地区の調査を行なつた。その際、原告の出願地区の調査には、当時原告会社の相談役であり、鉱山の地質調査の経験の深い北原正幸が、原告の代理人として立会い、また参加人の出願地区の調査には、参加人会社取締役の梶山直治及び同会社の採掘部長の荒川三郎が参加人の代理人として立会つた。
ところで、出願図面の上では、原告の出願地域と参加人の出願地域とが、世矢村地区内において一部重複し、且つ、参加人は、自己の出願につき、鉱業法施行法第五条に基づく優先権を有する旨主張していたので、五月一九日の多賀地区の現地調査の際、北原正幸は、右篠益雄らに対し、原告は、多賀地区の開発を特に急いでいるから、原告の出願にかかる鉱業権(採掘権)の許可を早く受けたいのであるが、参加人との間に重複した出願区域があるようなので、原告の方でこの部分を減区すれば、原告に対し、早く許可が得られるのではないかと相談したところ、これに対し、篠益雄らから、一般の出願の例からいえば、重複の関係がある場合よりもない場合の方が、許可は早くおりる旨の説明を受けた。ついで、翌五月三〇日に行なわれた、参加人の出願区域である世矢村地区(但し、同地区内には原告の出願区域も存在する)の現地調査においては、現地の案内に当つたのは、荒川三郎であつて、同人が、現地において指示した採掘現場は、原告出願地域の範囲内である本件区域内に位置し、従来より、参加人は、その付近一帯を、営林署から賃借して、大理石及び石灰石の採掘を行なつている旨説明した。かくして、北原正幸は、参加人側の立会人である梶山直治に対し、「自分は、帰つて社長に極力減区を進言するから、その代りに、参加人が本件区域から採掘した大理石の破片は、原告だけに売渡すよう約束してほしい。」と要望し、将来、そのような内容の協定を、原告と参加人との間に成立させる意図の下に、同趣旨の覚書の草案(甲第六二号証の二)を作し、これを原告代表者佐瀬辰三方に持参し、同人に示しながら、現地調査の事情を逐一報告して、同人に対し、本件区域の減区出願をするように説いたところ、佐瀬辰三は、鉱山に経験の豊富な北原正幸のいうことでもあるし、また原告と参加人とは、参加人の採掘した石材の破片等の供給を受けるという、昭和一九年以来の長い取引関係があり、何よりも出願区域のことなどでいさかいを起すことは望ましくないとの見地から、これ以上に現場における双方の出願区域の範囲の正確な測定や、優先権についての黒白を決することをせず、直ちに、本件区域の減区をすることとし、その代りに、いわばその代償として、この機会に、参加人との間で、鉱区を共同にする一程の営業協定のごときものを結んで、参加人との間の取引関係を有利に導こうと企て、本件減区の意思決定をなすに至つた。
以上の事実が認められ、証人梶山直治、荒川三郎、北原正幸(第一、二回)の各証言及び原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、いずれも当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を左右するに足りる別段の証拠はない。
右の事実関係より判断すれば、本件減区出願の直接の動機は、本件区域につき、鉱業法上の出願に関する優先権が、参加人にあると信じたというよりも、寧ろ、本件区域を除く多賀地区の開発を急ぐためできるだけすみやかに許可を得る必要があつたこと、原告と参加人との多年の親密な取引関係から、優先権の有無について黒白を決するより参加人との今後の取引関係を原告側に有利に導くことの方が得策であると判断したことなどにあつたと見るのが相当である。まして、原告主張のような、参加人が、現地立会の際に、原告或は通商産業局の係官らに対し、ことさらに虚構の事実を申し向けて、これらの人々を錯誤に陥れたとか、或は、通商産業局の係官らが、原告に対し、減区の出願をするように勧告したとかいうような事情は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。尤も、成立に争いのない甲第六一号証の一、二(但し同号証の二は、証人北原正幸の第一回の尋問の際の証言調書中には、甲第六一号証の四と表示されている)、証人恵良豊、北原正幸(第一回)の各証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、本件減区願がなされた後、原告と参加人との間には、原告の意図したような内容の協定は、ついに成立するに至らず、また、一方で、昭和二八年暮頃から、参加人が昭和二六年五月の現地調査の際、係官らを案内した採掘現場は、営林署から賃借したものではなく、従つて、本件区域については、参加人は、なんら鉱業権の出願について、優先権を有していないのではないか、との風評が立ち始めたので、原告は、右風評の真偽を明らかにするため、再三、被告に対し、再度の現場調査を行なうことを求めたところ、昭和三〇年三月二二日から同月二九日までの間、通商産業局の係官恵良豊、衣川豊、菅原和多留の三名によつて、実測による調査が行なわれ、その結果、参加人の営林署よりの借地部分は、本件区域以外に存するものであることが明らかとされたことを、認めることができる。しかし、前記認定事実及び証人荒川三郎、梶山直治の各証言に照らしてみると、かような事実があつたからといつて、参加人が、昭和二六年五月の現地調査の際に、原告又は係官を、故意に欺罔したものと推定するには足りない。
してみれば、結局、原告の本件減区願の意思決定については、無効や取消しを許すべきかしの存在の立証がないことに帰するので、原告の主張は、いずれも理由がない。
四、以上のとおり、原告の本件減区願は有効であるといわねばならないから、これが無効であることを前提として、被告に対し、不作為の違法確認を求める原告の本訴請求は理由がない。よつて原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九四条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)
(別紙省略)